月々便り

ことりちゃんの月々便り~出産当日編~

こんにちは。
新しい特技として「アボカドの食べごろを見分けること」が妻から認定されたvoceです。

そういえばまだことりちゃんはアボカドを食べたことがありません。
調べてみたら、脂質が多く、胃腸への負担もあるため、産後11か月ごろから少量からであればあげてもいいようです。
アレルギー等もあるようなので、小児科の空いている時間帯にあげるのが好ましいとのことでした。(初めてあげる食べ物は全部そうですよね。)

好き嫌い少なく、一生懸命いっぱい食べてくれることりちゃん。すくすく育ってくれています。
ことりちゃんが産まれてからは一日一日無事に過ごしてくれることを願いながら生活していました。ことりちゃんが寝ているときに息をしているか常に確認していたのが懐かしいです。

今日はそんなことりちゃんが産まれた当日のお話。パパ目線の出産当日について書いていきたいと思います。

産まれるまで

年末に差し掛かった寒い冬の日でした。
voceがちょうど妻の実家に行かせてもらっていた日。一緒に朝ご飯を食べた後、妻がもしかしたら陣痛かもしれないと。

そう、心のことりちゃんがこういうのです。

心のことりちゃん

あ、今日はvoceが来ているんだね!
そろそろお外に出たいと思っていたんだ~
せっかくだからvoceがいるときに出ようかな~

そわそわするvoce。産婦人科に電話し、様子を見ることに。少しずつ痛みが強くなってきて、心配になってきたので、産婦人科に向かいました。

心のことりちゃん

わ、ついにこの時が来たのか、、
けどどうしたらいいのか全然わからない。。
とりあえず出産セットを持って、産婦人科に向かおう!
あっちに行ったら、産婦人科の方々がきっと教えてくれるはず!

ということで、タクシーという選択肢もありましたが、お義父さんに送ってもらい産婦人科へ。

病院に着くも、、、

おそらく病院に着いたのが11時ごろだったでしょうか。
妻の様子を診てもらったところ、まだ陣痛の初期の初期だったようで、まだ自宅でもいいとのことでした。

ただ妻も心配で、病院に居たい様子だったので、相談したところ、今日は同日に産まれそうな妊婦さんからの連絡も少なかったのか、陣痛室に居てもいいと言ってもらえました。

これは本当に助かりました。

そこからは男にできることは少なく、本当に妻を励ましているだけの状況でした。

出産時の男の唯一の役割

やっとこさ本格的な陣痛になってきたのが、お昼過ぎだったでしょうか。そこから個室に移動し、俗にいう「ひーひーふー」の時間です。

ここで男の役割がありました。痛がる妻をテニスボール片手に助ける。
voceの想像ではテニスボールで体をさする感じだと思っていましたが、全く違います。

正しくはテニスボールを力一杯妻の体に押し付ける。です。

角度や力加減が違えば、効果がありません。妻も痛みと戦いながら精一杯な中、角度が違えば「そこじゃない!」等と言われ、修正を繰り返します。徐々にしっくりくるパターンを身に着け、妻を支えます。

これが男の仕事です。

破水を迎え、、

そんなテニスボール時間を過ごし、ついに破水を迎えました。
それがおそらく17時ごろだったかと思います。正直時間感覚はありません。

とりあえず陣痛と格闘しているときに、夕ご飯が個室に届いたので、その時間ごろまでは個室に居たのは間違いありません。

なんとこの日の写真がほとんどないのに、夕食の写真だけはありました。
さすが、妻が食事を楽しみにしていたクリニックです。豪華。

そこから陣痛室に移動しました。

陣痛室に移動、というのがもう産まれるのかと思っていましたが、そういうことではありませんでした。

そこからまた2時間くらいでしょうか、陣痛と戦います。
妻は痛みが本格的になってから、すでに7時間くらいは戦っています。本当に頭が上がりません。

何のタイミングだったかは全然覚えていませんが、ついに分娩室に移動となりました。

ついに出産へ

分娩室に移動、ということが産まれるまでの最終ステップ。ということがここでわかりました。出産のイメージ通りの器具が並んでいたのです。

ここに入って、妻も少し安心した様子。
長い時間痛みと戦い、ついにその痛みから解放される時が近づいて、心が安心した様子でした。

でもここからまた2時間くらいでしょうか。出産を迎えるまでに時間がかかりました。

ついにご対面!

結局出産できたのは21時過ぎ。

もう少しだよ、もう少し!という掛け声をしてもらってから、とても長く時間がかかったように感じました。
ことりちゃんの髪の毛の先端が見えてきたとき、本当に産まれてくるんだと、不思議な気持ちになったのを覚えています。

けどこの時は正直、ことりちゃんのことより、妻の応援ばかりに気が向いていました。
今妻の努力が成し遂げられる瞬間で、変な言い方かもしれませんが、妻の努力の結晶をみているようでした。

そして元気な産声を上げて、産まれてきてくれました。
コロナ禍で立ち合いが難しい中、ちょうど時期的に立ち合いができるときに産まれてきてくれたことりちゃん。
そしてそのことりちゃんを、痛みに耐え、元気に産んでくれた妻。

こんなに素直に泣いたのはいつ以来だろうか。感謝と感動と嬉しさ。
恥ずかしながら大号泣でした。

こうして長い一日が落ち着きました

初産では平均的な時間なのかもしれませんが、とても長い一日でした。
男ですらそう感じたのですから、妻はとてつもない時間を過ごしたのだと思います。
本当にありがとう。

出産後そのまま分娩室を使わせてもらって、妻とことりちゃんを眺めていました。
待ちに待った自分たちの子どもが目の前にいる、とても不思議な気持ちでした。

自分の両親と、妻の両親に電話で報告し、そこでも涙。親になると涙もろいのかもしれません。

初めての生ことりちゃんと、1時間くらい妻と過ごして、ことりちゃんはナース室へ、妻は個室に移動。voceはお義父さんが迎えに来てくれて妻の実家へ。

外に出ると雪でした。なんだか空までお祝いしてくれているようでした。

実家に着くと

実家に着いたのが24時を回っていました。

夜が遅い中、迎えにまで来てもらって、本当に感謝しかありません。

そして食卓にはカップラーメンと缶ビールが。
こんなに優しくて、美味しい食事はありませんでした。こんな親になりたいなと本当に思いました。

人生で一番の経験

大袈裟かもしれませんが、人生で一番の経験だと思っています。
そんな経験をさせてくれた妻には本当に本当に感謝を伝えたいです。そして元気に産まれてきてくれたことりちゃんにも。

よく妻と話をするのですが、ことりちゃんが産まれてきてくれて人生をもう一度経験しているようだね。と話しています。

自分たちの記憶にない、自分たちのその時の記憶を見せてもらっているようです。

そして、出産が一番の経験ではなく、出産から子育て、ことりちゃんの成長とともに自分たち夫婦の成長、「voce家の人生」が自分にとって一連の「人生で一番の経験」となるように、一生懸命産んでくれた妻と、一生懸命産まれてきてくれたことりちゃんのためにも、楽しみたいなと思っています。

長々となりましたが、これがことりちゃんの出産当日でした。

ではまた明日。